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誕生日目前に思うこと

みなさんお久しぶりです。
ボーっと毎日を過ごしているうちに
また前回から時間があいてしまいました


さて、私は今月の31日で40歳になります。
私の周りのお友達は40歳以上の人が多いのですが
ほとんどの人が「40歳になる」ということになんらかの感情があるようで。

私は年齢って言わなきゃわからないし、ぶっちゃけ30代後半も40代も
変わらないかなぁなんて思ってたんだけど
「やっぱり30代とは違う。”私もとうとう40かぁ・・・”って思ったよ。」
っていう人がほとんどだった。

確かに、今までとは違って「今後」のことを考えるようにはなったかな。
これからどういう生き方をしていけばいいんだろう・・・。
どう老後を過ごしていくんだろう・・・。
ていうか、40代ってどんなファッションしたらいいんだろう、
このままでいいんだろうか・・・。
あ、その前に親のこともあるよなぁ・・・。
なんて。
日々子供の成長のことで精一杯で、自分の置かれた立場なんて
今まで考えてこなかったなぁ。

それに、やっぱり”おばさん”には生きづらい世の中なのかなぁ、とも。
いや別に、誰かにいじわるされたりぞんざいな扱いを
されたわけじゃないんだけども(笑)

ていうのは、前回ブログにも書いたけど
本屋さんで少女コミックを買う時、すごく恥ずかしかったんだよね(笑)
若い時って、いろんな物をなんとも思わずレジに並んで買えたけど
この歳で少女コミック片手にレジに並ぶのって
こんなに恥ずかしいんだなぁー、次からはネットで買おう…
と強く感じました(笑)
これを友達に話したら
「私も少女漫画は本屋では買えない。ブックオフならいいけど(笑)」って。
やっぱなぁ・・・。


これからどんどんこういう事って増えていくのかなぁ。
この前フジテレビ系列のドラマで「50キュン恋愛物語」っていうのやってて
ちらっとしか見てないけど、
世間って、40、50歳代の女性に冷たいんだなぁって驚きました。

だって女性なら、いくつになっても優しく接してもらいたい、
と思う。(変な意味じゃなくてね)

と、ここまで書いたら何だか急に年を取るのが怖くなってきました(笑)
だって、年齢とともに中身も大人にならなきゃいけないですもんね。
人に指さされないような生き方しないと。
そういう生き方できてるのかなぁ・・・。

今日はまとまりがない文章になってしまいました


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ブランクを経て?

ちょっとサボっていたら10月に入ってしまいました
(しかも中旬
北山くんヒストリーを書き終えたらもうやりきった感が凄くて(笑)
ちょっとブログから遠ざかってしまいました。


さて、三連休最終日ですね~。
昨日は娘が本屋へ行きたいというので
一緒に行ってきました。

最初、村上春樹の文庫本(色彩を持たない多崎つくると~のやつ)でも買おうかな
と思ってたんですが気づいたら少女漫画買ってました(笑)






前にスマホで電子コミック立ち読みしたら続きがすごく気になっちゃって。
桜小路かのこさんの『青楼(セイロウ)オペラ』です。

私は昔から本や漫画が大好きで、小、中学生時代は部活・勉強以外の
ほとんどの時間は読書してたんじゃないかってくらい色々読み漁ってました。
高校生時代も友達と貸し借りしあって少女漫画だけじゃなく
ジャンプ系の漫画も読んだっけ。

それ以降は何故だか漫画からは遠ざかってしまって
今に至るんだけど。

久々に読んだらドはまりしそうな予感満載です(笑)
なので最新刊まで買おうかと思ったのですが、そこはグッとこらえて
2巻だけ買ってきました。

ただ私、昔からちょっと変わっていてゴリゴリの恋愛ものは苦手
最近よく映画化されているような”学生青春恋愛もの”系は
(興味ないからあんまりタイトル出てこないけど・笑)
たぶん一度も読んだことないんじゃないかってくらい。

この青楼オペラも普通の恋愛ものというよりは
両親を殺された武家出身の15歳の女の子が、
親の仇をとるため、殺害した犯人を捜すために
自ら吉原の遊郭(ユウカク)に身を沈めるというお話です。
もちろん恋愛もありますが色々な人物の思惑や心情が
よく描かれていてストーリーもしっかりしてて凄く面白いです。

今までは花魁とか遊女とかそういうのに全く興味なかったのですが
これを読んでからちょっと興味が沸いてきました。

なんか、凄い世界ですよね、吉原って。

吉原があった場所は現在の有名な観光地、浅草です。
吉原の町割りは大門を抜けるとメインストリートである仲ノ町があり
両側には引手茶屋が並んでいて、四隅には稲荷があります。

引手茶屋は妓楼(ギロウ)を紹介してくれたり何かと客の世話を焼いてくれて
お金のある客はここに遊女を呼んで一杯飲んでから妓楼に向かったそうです。
遊郭にも種類が沢山あり、この漫画の主人公が身を落とした
大見世のようなところもあれば、中見世、小見世と色々あり
大見世では茶屋を通さないと遊郭に揚がれなかったようです。

吉原の遊女の数は3~5千人、多い時は7千人もいたそうです。
遊女の中にもランクがあり、最高位は呼び出し昼三(チュウサン)。
妓楼の大多数である小見世に呼び出しはいないので
何千人の中の数十人というエリートなんだそう。

何かのイベント時、または茶屋に揚がった客に呼ばれた時など
見世から茶屋まで行列になって歩くのですが
この花魁道中ができるのは呼び出しと呼ばれる最高位の
花魁だけだそう。
誰もができるものではなかったようですね。

客の元へ行くのに十数人でパレードって・・・。
う~ん、なんかもう本当のお金持ちじゃないと
花魁という高級遊女とは遊べなかった感じ

江戸時代、吉原は江戸随一の社交場であり
流行発信地であり観光地でした。
春をひさぐという女性にとっては何とも辛い環境にありながら
きらびやかで華やか、高価な衣装に身を包んでいた花魁たち。
当時の女性はどんな気持ちで張り見世に並んでいたのでしょうか・・・。

と、少々漫画のストーリーとは関係のないことを
考えさせられました。


北山宏光という男・Ⅳ

少し更新が空いてしまいましたが、
今回は北山くんヒストリー最終回です。
ちゃんとやります(笑)



最近の私のお気に入り「もぐみつ」(笑)


後輩に先にデビューをされてしまったキスマイ。
7人で話し合ってひとりでも多くの人に”キスマイっていいよね”
といってもらえるようになろうと誓い合いました。

そんな中、ずっとジャニーさんに「ユーたち歌えないからなぁ~。」
と言われてきたキスマイですが、北山くんが鼻歌をうたっているのを
偶然ジャニーさんが聞いた翌日から、なんとテレビの収録で
北山くん、藤ヶ谷くんで歌わせてもらえることに!

「そのステージで藤ヶ谷、すごくカッコよかったんです。
それからキスマイとして少しずつ歌わせてもらえる機会も増えて。
藤ヶ谷はラップをするようにもなっていって。」

伝説の藤×北コンビの誕生です。
私は北山くんのこういう藤ヶ谷くんを褒めるところ、凄く好きです。
”どう?ウチのキング藤ヶ谷、すごいでしょ”
ってみんなに自慢しまくる子供みたいで(笑)
仲が悪いとか、藤北氷河期時代とか言われて不仲説のある
二人ですが、北山くんは藤ヶ谷くんに対してこう言っています。

「ずっといっしょだからね。俺と藤ヶ谷はずっと”できる?”って聞かれて
”できません”って言ったこと、いちどもない。いろんなことを二人で乗り越えてきた。
だから、なんか言葉はいらなくて。心折れてるなってときとか、すごくわかる、あいつ。
あいついてよかったよ。今は、ほかのメンバーもいるし、つかず離れずみたいな、
ホントいい距離感だけど。
あいついなきゃ俺はいないし、俺がいなきゃあいつはいないしね。」

藤北にとってお互いは、友達というより一緒に戦ってきた
戦友のようなものなのでしょうね。


とはいえ、デビューは誰も保障してくれない。
その頃支えになったのは滝沢秀明くんだったとか。
年上で初めて仲良くなって、必要としてくれた人なんだそう。

前にも書いたのですが、Jr.時代の北山くんはとてもとんがっていたので
目をつけられていたとか(笑)
滝沢くんにご飯に誘われた時に、
”おまえが生意気じゃなかったら、俺はおまえと仲良くなってない”
でも”生意気くらいじゃないと、この世界では生きていけない”
とも言われたそうです。

なるほどぉー、そんな裏話があったんですね。

「俺、キスマイのためだったら誰に嫌われたっていいって、ずっと思ってて。
俺ががんばることが、悪目立ちだろうが、少しでも目立つことが、
キスマイのデビューに近づくって思ってたから。
その姿勢が、滝沢くんには危うく見えたんだと思う。」

それ以来、滝沢くんは北山くんや藤ヶ谷くんに舞台の重要な役を
任せてくれるようになりました。

しかし、そのころ北山くんは大学を卒業する重要なタイミング。
不安はなかったのでしょうか。

記者の質問に対して北山くんは
「守りたいヤツがいたから。このグループは、この仲間だけは守りたいって思って。
千賀や二階堂は小さいころからジャニーズ一筋でしょ。
ホント一生懸命やってる。俺がここでやめたら、すべてをアイドルに捧げてる
こいつらどうなるんだろうなって思って。
だから、”う~ん、就活も就職もしない”って決めた。」
と語っています。

色んな事を理詰めで考えてきたのに、就職の時だけは感情論だった北山くん(笑)
でもすごくカッコいいですよね。

最後の一歩を踏み出すのは理屈じゃない。
目の前にある崖を跳ぶか、跳ばないか。どっちも間違ってない。
でも、その時跳ばなければ見えない景色がある、だったら俺は跳ぶ。
跳び越えられず落ちたとしてもいい。
踏み出した勇気と、挑んだって姿勢、それは残るから、と。


そしてついに2009年10月、Jr.でありながら単独ツアーが開催されます。
北山くんは”やっと社長に交渉できるラインに立った”と思ったそう。

「それまでは、”デビューしたい”って言ったって説得力ないでしょ?言える立場じゃない。
ちゃんとお客さんを集められて、自分たちの足下を固めて初めて言えるっていうか。
ついにチャンスを与えてもらったなって。」

どこまでも真面目な北山くん。

しかしデビューするのはもう少し先。
不安はずっとあった。でも、もう自分たちを信じるだけ。
ライブでもどこでも最高のパフォーマンスをすること。
失敗は許されないっていうプレッシャーと戦いながら。。。

そして、2011年のツアー、東京公演のステージ上に
社長から突然茶封筒が届きました。

そこには、7人が夢にまで見た言葉・・・”CDデビュー決定”の文字が!
結成から6年のことです。

「不思議な感覚でした。なんか、自分のことなのに、自分のことじゃないような。
俺がうれしいと、ファンの人たちもこんなにうれしいんだって。」

人に感動と元気を与えたいと思いこの世界に入った北山くん。
”本当に、そういうことできてるんだ”と、この時はじめて
自分の存在価値というか、生きている意味を感じたと語っています。

グループのため、デビューのため、言いたいことをいい、やってきた北山くん。
そのためかJr.時代はずっと孤独だと思っていたそう。
だけど、デビューが決まって、喜んでくれるファンが大勢いた。
いろんなJr.の子たちからもたくさんのおめでとうメールが届いた。

「孤独なんかじゃなかったんだなって。
こんなにちゃんと俺と向き合ってくれる仲間ができてたんだって。」

また、デビューが決まった時、玉森くんにこう言われたそうです。
「いつも嫌われ役を買って出てくれてたのわかってたよ。」と。

こんなにも沢山、ちゃんと見てくれてる人がいてよかったね、北山くん。。。

ただ、デビュー前の2010年。
舞台『少年たち』に横尾さんと二階堂くんだけ外されているんです。
もしかしたら5人でのデビューになるかもしれない、そういう空気を察した
北山くんと藤ヶ谷くんは前代未聞の社長に直談判するという行動に出ました。

”俺たちは7人でKis-My-Ft2です。
デビューできる日が来るなら、そのときは、この7人でステージに立っていたい”と。

二人の思い、伝わりましたね。
今になってより強く思うけど、やっぱり7人でわちゃわちゃしてるキスマイが好きだ。
他のグループみたいに”俺たち仲いいんです”感を出してるわけでもなく
バラエティー番組では躊躇なくケンカシーンとか流されたりしてるけど
お互いがお互いのキャラを尊重しあって何気に仲が良いのがわかる。


25歳でのデビューは当時の最年長記録だった北山くん。
「俺には俺のペースがあるって思ってた、ずっと。
何度もまわりにバカにされたり、”年、いってんじゃん”って言われても
”おまえに俺の何がわかるんだよ”って思ってた。」

また、デビュー前に友達から言われたこんな言葉が心に残っているそう。
「”悔しい気持ちは宝物だよな”って言われたことがあって。
考えてみたら、俺ずっと悔しかったから。
その悔しい思いが、めちゃめちゃエネルギーになったし、バネにもなった。
悔しさを忘れなければ、いつまでも上を目指せる。
悔しかった日々を思い返せば、いつだってスタートラインに立った気持ちになれる。」

北山くんがデビュー前にはなかったけど、今手にしているものは”初心”だそう。
「俺は、右も左もわからず、礼節すら知らず、この世界に飛び込んで。
誰かを蹴落とすくらいじゃないと這い上がれないくらい思ってて。
でも、デビューというスタートラインに立って、多くの人に支えられていること、
そして道を切り開き続けてくれた先輩たちの偉大さを改めて知った。
どんだけ野心があろうと、忘れちゃいけないこと、人として大切な事があるってわかった。
だって、俺たちを支えてくれるファンによろこんでほしいって原点を忘れたら
それこそデビューした意味なんてなくなっちゃう。」と語っています。

コンサートでは人一倍ファンサービスをしてくれる北山くん。
中盤、みんなが疲れた時こそキレキレのダンスを踊ってくれる北山くん。
その限りない原動力とパワーはどこから来るのかな?・・・といつも思ってたけど
こういう考えが北山くんを作っているんですね。

最後に、10年後の7人について、こう締めくくっています。
「これから先も、考え方も、感性もちがう7人で未来を描いていくから
いろんなことが起こると思うんです。
振り返ったとき、”あんなこともあったね” ”こんなこともあったね”って語るんでしょうね。
そのとき、成功したことも、失敗したことも、たぶんあんま意味なくて。
うまくいったって、うまくいかなくたって、振り返ったら、残ってるのって
がんばった自分たちの姿だけだろって。
”あの日、俺たちは一生懸命だったよね” ”今も、あの日みたいに全力で走り続けてるよね”
ってことだけ、7人で語り合えればいい。それがすべてだと思うんです。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー終ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

キスマイいちの熱血男、北山くんヒストリー。どうでしたか?
これをきっかけに少しでもキスマイに興味をもっていただけたら嬉しいです



今回はちょっと休憩タイム

今日は北山くんヒストリーをお休みして、8/24に発売した新曲
「Sha la la ☆ Summer Time」について書こうと思います。

この曲はキスマイ通算17作目、今年5周年を迎えて初めて発売される
記念すべきシングルとなり、見事オリコン週間シングルランキング
1位を獲得しました



これをうけて(かどうかわからないけど)
8/26にミュージックステーションに出た時のキスマイのリアクション↓↓




1位が発表された瞬間に、今まで難しい顔で俯いて
モニターを見ていた北山くんはパッと顔を上げ、この嬉しそうな表情
(右上のワイプのところです)




藤ヶ谷くんに至っては手を合わせながらお辞儀。
もはやお釈迦様のように見えます(笑)




深々とゆっくりお辞儀をしたのは宮田くん。
その為頭しか映ってません(笑)




横尾さんも笑顔でお辞儀です。
玉森くんは笑顔を見せてくれて、千賀くんはガッツポーズをしてくれました。
二階堂くんは何故かきょとん顔でしたけど(笑)


とは言いながら、画面がスタジオに戻った後は
7人全員で改めて深々とお辞儀↓↓



舞祭組しか撮れなかったけど

こういう謙虚で真面目なところ、本当に好きなんだよなぁ~~
そう言えば「おぎやはぎ」さんも自分たちのラジオで
「キスマイは本当にいい子たち」
って全然キスマイとは関係ないところで言ってくれてたっけ。


これによってキスマイはデビュー曲「Everybody Go」から
17作連続シングル1位を獲得し、この記録は
Kinki Kidsさん(36作)、KAT-TUNさん(26作)、NEWSさん(20作)に次ぐ歴代4位となりました

これにはキスマイファンのみならず、その他大勢の方々の
沢山の努力と応援がありました。(ありがとうございます!)

というのも、この裏で名古屋限定(?)アイドルグループ
「ボイメン」(BOYS AND MEN)との激しいバトルがあったのを
みなさんご存じでしょうか。
(バトルって言い方すると嫌な感じになっちゃいますけど
そういうわけじゃなく・・・


両作とも同じ8/24に発売されたCDシングル。
初日の売り上げはキスマイが147,461枚に対し
ボイメンは166,535枚と大差をつけられていました。

しかしその後は
キスマイ  147,461 → 37,122 → 23,828 → 13,273  total 221,684
ボイメン   166,535 → 8,375 →   7,093 → 19,630  total 202,011 
となり、見事1位となりました。


この奇跡の逆転の裏にはキスマイファンだけでなく
「アニメオタク」を公言している宮田くんを助けようとラブライバーの方達が、
藤ヶ谷くんの為に宝塚ファンの方々が(舞台TAKE FIVEの関係?)、
横尾さんの為に麻里子様ファンの方々が(横尾さん番組”ペットの王国”の関係?)
というように沢山の他のファンの方々も購入してくださったようです。

私は記録だけがすべてじゃないと思うので、こういうのどうなんかなーと
思うのですが、”キスマイが色々な方々に愛されている”
という証なのだと思うと素直にうれしいです


~番外編として~

キスマイは沢山のファンの支えや応援を当たり前だとは
決して思っていません。
(私の勝手な憶測にすぎないけど
なぜならJr.時代、どん底で辛かった日々でも頑張れたのは
ファンがいてくれたからという気持ちがあるからです。
デビューすることができて、今ここに立っていられるのも
ファンあってのことだとみんなが思っているからです。

今年発売されたアルバムの中に「RE:」という曲があります。
これはキスマイ7人が一人ひとりファンに向けての気持ちを手紙にし
それを代表で宮田くんがとりまとめ歌詞にした曲です。

アルバム制作の段階でキスマイ自ら”こういう企画をやりたい”と
スタッフさんに提案し実現しました。

7人それぞれの手紙の一部を抜粋したいと思います。

・北山くん
 愛に囲まれて、愛につつまれて今の僕が、僕らがいる。
 一人では抱えきれないほどの愛を感じています。
 その愛をこぼさないように大切にしていきたい、
 それが今の僕の全てです。

・千賀くん
 挫けそうな時、諦めそうになった時、みんなが手をさし伸ばしてくれた。
 しっかり握ったその手は暖かかった。
 その先には、希望の光が空いっぱいを照らしてくれてた。

・宮田くん
 一人ひとりの言葉が僕たちに力をくれて、不安な時に勇気が出たり
 明日も頑張ろうと前向きになれます。
 いつも僕の味方になってくれてありがとう。
 僕もみんなの味方だからずっと付いてきてね。

・横尾さん
 君の声が僕らの背中を押してくれる。だからこそ一歩一歩前に進める。
 僕らにとって、大事な人たち。恩返しはできていますか?
 ありがとう以上の言葉があるなら、その言葉で感謝を伝えたい。

・藤ヶ谷くん
 とにかくいつも感謝の気持ちでいっぱいです。
 いつも支えてもらってるばっかりで、僕はみんなのために何かできてるのかな、
 とつい考える時もあります。
 出会ってくれてありがとう。いつもいつもありがとう。

・玉森くん
 いつもそばにいてくれて本当にありがとう。
 輝ける場所を作ってくれるのはあなただけなんだよ。ありがとね。
 この感謝の気持ちがちゃんと届くといいな。

・二階堂くん
 今の僕たちがいるのはみんなのおかげなんだよ。
 となりにいるパパやママ、そのまた隣にいるおじいちゃんおばあちゃん
 そしてこのステージを作ってくれているスタッフさん。
 その人たちがいるからみんなと僕たちは繋がれたんだよ。
 そう、これを僕は家族だと思って毎日楽しく仕事をしているかな。

もう~こんなこと言われたらファンのみんなキュン死だわ(笑)
ホストかっ!ってくらい掌握術上手い。

ちなみにこの曲の歌詞で私が一番好きなところはここです。


心が折れる音がして 挫けそうになりかけても 支えてくれたみんな
               僕らが迷った時も 愛し続けてくれて ありがとう
 


私は古くからのファンではないのですが、何かいいですよね。
当時のキスマイとファンにしか分かり合えないものがあるんだなぁ、と
強い絆を感じます。
こんなにも思いが沢山つまった歌を作ってくれて、またコンサートで歌ってくれて、キスマイファンは本当に幸せ者です



あぁ、また今日も長くなってしまいました。
キスマイに関してこんなに熱く語る自分が少々気持ち悪いです(笑)。
なので今日はこのへんで。

次回は北山くんヒストリー最終回を書きたいと思います。


北山宏光という男・Ⅲ

前回の記事では北山くんがJr.に入所してからKis-My-Ft.が結成される
直前までを書いたので、今回は続きを書こうと思います。


※前回の記事でわかりやすいように年月日を書き加えました。
 新たに言葉を付け足しました。





今日は可愛い北山くんをどうぞ(笑)



謎の壁に苦悩しながらJr.の活動を続けていた北山くんですが
ある日「ローラー隊」というチームに所属します。
ローラー隊にはNEWSでデビュー前の増田くんもいました。

その後、高度な技術ができないという事で小さい子たちははずれていって
2004年4月、横尾くん、藤ヶ谷くんたちとKis-My-Ft.が作られ
いろいろなグループのバックにつくようになりました。

そしてついに2005年7月ジャニーさんに
”ユーたち、今日から新しいグループにするから”
とKis-My-Ft2が結成されました!
メンバーは北山くん、横尾くん、藤ヶ谷くんの大人組に加えて、新たに
千賀くん、宮田くん、玉森くん、二階堂くんの子供(?)組が加入しました。
何と当時19歳の北山くんに対してニカ千(二階堂くん、千賀くん)は中学生!


その時、北山くんはじめメンバー7人全員が思ったこと・・・それは・・・


「集まったメンバーは元からいたメンバーも含めて、NEWSや他のグループから
漏れてるんです。だから最初に感じたのは、”なんか落ちこぼれが集まったのかな”って。」


えっ!?そうなの??
Jr.時代に、ジャニーズに疎い私でさえ「Kis-My-Ft2」っていう
人気も実力も最強のJr.がいるって何となく知ってはいたグループが
落ちこぼれの集まりだったなんて!!!

ただ北山くんは、この7人でいっしょに輝かないと絶対にデビューできないと思ったとか。
「現時点では、落ちこぼれかもしれない。でも、俺らの可能性を信じようって。
この7人で、絶対にデビューしようって決めましたね。」

まず7人で結果を出さなきゃいけないと思った北山くんは、
何より全員でちゃんとローラーを履いて滑れるようになろうと、
リハーサルが始まる前に皆を集めて練習したり、怖い振付師さんに電話で
”見てほしいんですけど”って頼んだり。

しかし、当時遅くて長めの反抗期だった二階堂くんは
そういう北山くんに対して猛烈に反発していたようです。

まぁ、その頃ニカちゃんにはニカちゃんなりの何かがあったようで・・・。
二階堂くんは当時を振り返って
「Jr.は大好きでした。もう、この世界が好きになっていたんで。
反抗的な態度取りながら、Jr.をやめる勇気も度胸もなかったですね。
なんか、あのころ苦しかったな。」
と話しています。

また、これを救ってくれたのは北山くんだとも。

ある日北山くんは二階堂くんに”今からそっち行くから”と電話し
”仕事ってさ” ”グループってさ”と熱く語ったらしいです。
でも当時の二階堂くんは屈折していたし、自分を最強だと思っていた(らしい)ので
すんなり納得せず話し合いは難航。
ついには殴り合いに!

「ミツ、かっこよかったです。”おまえ、そんなんだったらやめろ”って。
仕事の意味、もっと考えろ。どれだけの人が携わってるか、何より、
雑誌、テレビ、どんな仕事でも、その向こうに、どんだけのファンがいて、
俺たちを支えてくれてるか、わかってんのかって。
やめたかったら、やめればいい。でも、おまえはひとりじゃない。
俺たちはグループなんだ。7人全員でKis-My-Ft2なんだって。
そんなこともわからないで、グループやめてくヤツがいるのは悲しいって。
最後、おたがい泣きながら話してましたからね。」

熱い!・・・熱すぎる北山くん。
二階堂くんはあの夜がなかったら自分は今ここにはいない。
人生の一度目の分岐点だと語っています。

メンバーの最年長として、北山くんはわちゃわちゃ楽しくやってるだけなら
言わなくていいことも言い続けました。

「目指すべき場所へ行くためなら、うるさかったし、ウザかっただろうけど
いつもつべこべつべこべ言ってましたね。
みんながデビューするんだって気持ちが持続するためにも。
嫌われようが、なんだろうが、俺が言わなくなったら負けだと思って。」

北山くんは考えました。
デビューするには、ジャニーさんを納得させること。
それには、”キスマイには、こんなにファンがいる”って認めてもらうこと。
1回のステージで必ずひとりは、自分たちのファンになってもらえるような
パフォーマンスをしようと。

そんな中、結成してわずか2ヶ月弱のグループがデビューするという
衝撃的な出来事が!
キスマイが結成されて3年目。2007年11月のこと。


キスマイは、後輩に先を越されてしまったのです。


当時を北山くんは
「マジであせりましたね。だって、”平成”だよ。俺、昭和生まれだもん。
もうデビューできる可能性はないのかもしれないってショックで。
メンバーにしても、A.B.C-Zにしても、やっぱヨロッってきましたね。
アッパーカット食らったみたいに。
みんなどうにか踏みとどまってましたけど。」
と語っています。

辛かっただろうね。
そのグループのデビューにバックで踊らなきゃいけないなんて。

私ならもう辞めちゃうよ・・・。
いや、もっと前に辞めてたか(笑)

自分たちに何が足りないんだろうって考え続ける日々。
でも明確な答えなんか見つかるわけもなく・・・。
”絶対に俺たちを見ていてくれてる人がいる”というプライドだけは
持ち続けた北山くん。

そんな中、ついに転機が訪れます。
それをきっかけに、明るい光が見え始めます!
デビューするのはまぁだまーーだ先ですけどね


これはまた次回に・・・。


プロフィール

❀kiramama❀

Author:❀kiramama❀
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現在39歳
身長158cm
体重45kg
足のサイズ24cm(笑)
中学生2人のママです(๑◕ܫ←๑)ノ

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